The Historic Future 6月24日

桂修平 × 下平竜矢 / Katsura Shuhei × Shimohira Tatsuya

The Historic Future 6月24日

2010.7.13 (tue) – 7.18(sun)

Open 12:00 – 19:00

このシリーズは下平が毎回ゲストを招き、そのゲストが指定した場所へ共に行き、時間と場所を共有しながら撮影するものです。撮影期間は基本的に一日に限定し、その後撮影したものを展示をします。
時間的、空間的に限定された中で、何ものかとの出会いや発見を繰り返すことにより、それそのものが新しい方向を示す可能性を孕んでいるように思います。

The Historic Future – 歴史的未来
歴史というのは振り返って認識するため過去のものと思いがちですが、それは常に未来に向いている気がします。それはこの一瞬のうちに過ぎ去っていく現在こそが未来を作っていく、そのプロセスだと思うからです。私と相手がある場所へ行ったその日付と場所を公開する事は、この日にこの場所で何かが起きた(例えばそれは葉っぱが風に揺れた、石が転がったでもなんでもいい)それ自体は小さな事かもしれないが何かが起きたという事、それはあらゆる意味で世界とつながっている事で、そこには動かねばならない理由がある様な気がします。私は写真とはそういうものの証言であり、また記録であるのではないかと思っています。


今回のゲストは写真家の桂修平さんです。
桂さんは昨年の4月にTPPGで中国で撮影された写真で「Tianjin」という展示を開催していただいています。
桂さんとは、以前のバイト先である某テレビ局のスチール写真部での出会いからはじまり、現在に至ります。今回の企画を持ちかけたところ、様々な場所を選択肢をあげていただきましたが、最終的に桂さんの出身地でもある奈良へ行く事になりました。

以下インタビュー
撮影を終え、JR奈良駅前の広場にて

桂 今回、春日奥山を撮影したんだけど、それはこの企画があったからではなくて、この企画をきっかけとして撮影しようと思ったんだ。あそこへは何度も足を踏み入れていた場所ではあったんだけど撮影目的ではなかったから。だから今までやった事がなかったことをこの機会でやってみようと思って選んだんだ。自然だけをテーマに撮影したことがなかったしね。なんだろう、挑戦?トライ?ちょっとちがうかな

下 試みですか?

桂 そう、試みだね。

下 実際撮ってみてどうでしたか?

桂 今回はハッセルの6×6というフレームが限られている中で、おっきい大自然の森を切り取るってどういう風になるかなって思ってたけど、わりとイメージ通りっていうかいい感じに収まったかな。

下 実際撮ってみて、撮る前のイメージとはあっていましたか?

桂 そうだね、あってたね。自然を撮る事を苦手だと思っててさ、自然てわーっと広く見ていいなと思うけど、それを写真におさめるって難しいでしょ。実際に目で見た方がいいっていうか、だから人を入れたりして補っていたけど今回は決められたフレームだけで切り取ればうまく収るかなと。予断を許さないというか、自然を撮るならそういう感じかなと、それ誰かが言ってたな、そう土門拳や。

下 そうなんですか(笑)6×6は作りやすい面もあるけど、限定された部分での難しさがありますよね。

桂 僕は普段は35ミリを使ってるけど、撮影してみてもっと横に長ければとは一切思わなかったね。

下 結構すんなり撮れましたか?

桂 もう全然すんなり。まぁ慣れてないから多少ピントの合わせに時間がかかったけど、もう少し横必要やなとは思わなかったし、それに6×6だと縦横の迷いはないやん、それが今回良かったね。それもちょっとした試みだったかな。

下 これをきっかけにして、今後も6×6を使ったり、自然を撮影する事もあったりしますか?

桂 うん、自然は撮らないとかはないと思う。

下 桂さんが平城遷都の時に展示された作品(5月に平城遷都1300年祭 平城宮跡会場交流ホールで「ならびと」を開催された。)は奈良を撮ったものでしたよね?

桂 そう、12年間くらいで撮影した奈良の写真をセレクトしたものを「ならびと」で展示しました。

下 とすると今回の企画でたまたま奈良を選んだんではなくて、ずっと奈良を撮影してきた延長上でまだ撮影してなかった春日の山を選んだっていう事は、そんなに特別な事ではなかったですか?

桂 そうやね、全然。まあでも、一回「ならびと」ってのをやってたから今回奈良をえらんだってのはある。もし「ならびと」をやってなかったら、ここを選びはしなかったかもしれない。

下 自分の中にあったものを、「ならびと」で出せたから

桂 そうだね、奈良で出来たから。それでスタートは切れたし。

下 時間的、年月的にかなり長いスパンのものを出したんですね。

桂 「ならびと」を撮るにあたっての撮影の仕方って、何かがあって撮り始めたわけではなくて、普通に奈良に来てカメラもって歩いたものの中から選んだもので、出そうと思って撮ってたものではないかな、そんな事言ったらおかしいけど。

下 ごく自然に、あるものを撮ってたんですか?
桂 そうそう、そんな感じはする。

下 ところで奈良って世界遺産がたくさんあるじゃないですか、自分が住んでる街にそうものがあるってどうですか?

桂 僕らにとっては本当に普通にあるものだったりするんだよね、大仏殿にしろ、興福寺にしろ身近にあるものがただ選ばれただけで、それがどれだけすごい事か分かるようで分かってない気はする。 国宝に選ばれてなくても好きは好きやし、あんまりどうでもいいっちゃどうでもいい事で、あぁこれも選ばれてたんやとかそんな感じかな。

下 今回いろいろ連れて行ったもらったじゃないですか、春日大社だったり二月堂だったり、来る側としてはやっぱりテンションあがりますね、世界遺産は。

桂 例えばペルーのマチュピチュとかだよね、世界遺産と言えば。そういうイメージは全くない。たぶん奈良の寺って住んでる人にとって、そんな感じだと思う。京都に住んでる人は分からないけど。興福寺って門とかないやん、拝観料もないし。かなりオープン。

下 そうですよね、さらっと入れて驚きました。

桂 街と密着してるのかもね、もしかしたら。だから良いのかも。歩ける範囲で行けるとこも多いし。

下 京都とは違う気がしますね。

桂 奈良に生まれたからこうなったかもしれないけど、自分の性格とかあんまり出しゃばったりするのが好きとかじゃなくて、そういうのって奈良の県民性なんちゃうかな。

下 今回の奈良は、桂さんのルーツを辿る様な形になりましたね。2歳まで桂さんが住まれていたお祖父さんの家に行かせていただいたり、お墓に寄らせていただいたり、高校生まで住んでいたマンションに泊めていただいたり、暮らしてきた町並みを見たりして。僕もこういう体験をあまりした事がなかったので、とても新鮮でした。

桂 ルーツというか奈良を通して僕を知ってもらうという事、それは誰が来てもそうで、僕を知ってもらう手段。妹と会ってもらうのも僕を知ってもらう手段かな。

下 環境が人を作ったりしますもんね。(まきこさんに)お兄ちゃんを見てどうですか?

桂 どうでもいいわ(笑)逆に下平君は奈良に来てどうだった?

下 あまり来た事もなかったので、今来れて良かったなと。町の環境というか、雰囲気というか、人間性というか、奈良と僕はあっていた様な気がしましたよ。居心地よかったですね。

桂 たぶん、下平君は好きになるやろなと僕は思う。京都を好きになる人間と、奈良を好きになる人間は明暗でいうと、京都は明るい人で、奈良はちょっと影のある人みたいな(笑)

下 そういう捉え方もおもしろいですね(笑)

桂 月もきれいやし蛍も見れたし、僕も一人でくる時と全然違って、ほぼ初めての人と来て、違う感覚で楽しかった。あ、バス来たんちゃう?

ま あれは違うかな。

桂 今年が東京に出てから、一番奈良を見つめているというか。

ま いっぱい帰ってきたもんね(笑)

桂 うん、月に一回くらい帰ってるもんな。そういう意味で奈良との距離感は縮まってる気はする。

下 展示とかやったりして、奈良の見方って変わりました?

桂 展示した時はどきどきしたね、難しかったし。自分が感じるままの奈良を撮ってプリントして示したから、他の人が見てどう思うか聞きたかった。

下 奈良の人や他の県の人が見た時に?いわゆるお寺とかはあまり入れなかったですか?

桂 そう。お寺の写真はあんまりないかな、少しだけ入れてるけど。

下 町並みとかから奈良を知っている人なら分かるような感じですか?

桂 たとえば、おくたっていう団子屋があるんだけど、知ってる人がみたら「あ、おくたの団子屋や」みたいなね。そういうことを聞くのも楽しかったし、ある人からは時間かけて撮ってきたってのが分かると言われたから、なるほどなってね。一日だけ撮ったものを出すってのが良いとか悪いとかじゃなくて、また違う感覚を感じたかな。

下 お祖父さんに何か言われました?

桂 展示の感想というか、孫がそういうことをやっているってのが嬉しかったんじゃないかな。あと、子供の頃から知ってる近所のおじさんとかが見てくれたのは嬉しいね。

下 桂さんの作品制作の方法として、「Tianjin」の時もおじいさんが戦争中に滞在していた場所を訪れて撮影したものだったり、出身地の奈良を撮っていたりしていますよね、直接自分に関わるものを選んで撮っている感じがしますが、他にも別シリーズで何か撮っているものはありますか?

桂 奈良で考えているのは、もう少し絞って僕が生まれた家なんかかな。逆に自分に関係ないものを撮るってある?

下 僕で言うと祭りとかですかね。ま、結局祭りを自分を探っていく手段にしているので、広い意味では同じかもしれませんけど。

桂 今、見る側の受けを狙おうとはあんま思わないし、それは出来へん様な気がする。最近思うのは自分のセンスというか、自分てどう思われているかとか、自分の好きやなと思うセンスを人に気に入ってもらえる事はあるけど、それってたぶんセンスやから自分はあんまり人の事を考えてやってないかな、写真=桂修平だから。テーマをルーツにはしてるけど、今回のならびとの作品しても自分の感じたままの作品にすれば俺のセンスは自然にじみ出ているわけだから、そんなに考えんでいいんちゃうかなと最近思えるようになってきた。自分がだいたいどういう風に思われるがちょっとづつ分かってきたからそれに対して自信がないとか、嫌われたらいややなとかは思わなくなってきたかな。自分が思ったもの=桂修平であって、それがたまたまルーツ的なものが多い。だから全然関係ないものを撮る可能性もあるし、仕事で撮る写真にも自分ていうのが出ていると思うからやっぱり同じなんちゃうかな。(まきこさんに)奈良好き?

ま うん、奈良好き。生まれた場所だしね。

桂 ま、奈良に生まれて良かったって思えるのは良い事やな。地元を誇れるっていうか、好きやなって思えるのは素敵な事、やっぱりそこで生まれたって事は大切にしたいし、今の自分がいるのは、家族の育て方が一番影響はあるけど、一歩外へ出れば奈良だしそれで形成されているしね。まぁ奈良ってものを出せていけたらと。そのテーマはわりと自分にあってると思うし自分にできる仕事なんじゃないかなと思う。それは誰もが思うわけじゃないと思うし。だから、奈良の写真を撮るってのは俺の生涯のテーマになるやろな。

下 今日はありがとうございました。良い話を聞く事が出来ました。