IKEBUKURO

淵上裕太 / Yuta Fuchikami

池袋 / IKEBUKURO

2026.3.17 (tue) – 3.22 (sun)


考えない。感じるままに撮られる。
難しくて、信じてみて、そうして撮られていた。
恥ずかしかったし、色んな感情が出たりもした。
でも、
写真を通して安心をくれたから信じてみた。
そうして、撮られることを実行してみた。
撮ってもらうことと撮られることは物凄く違くて、
撮る人と撮られる人が結びあって初めて被写体になるのだと思う。
文を書くにあたって意識したことは、
撮られたときの感覚のままに書くこと。
撮られるという行為はとても安心できるものだった。
身を委ねている自分がいたよ。
どう見られるか。
普段はとても恥ずかしさを感じるからこそ、見られる自分のまま。
言葉や情景を用いずに思い出を書いたとき、この言葉になりました。
誰かに見られる私も見る人と繋がるのでしょう。
それもまた楽しい。

淵上裕太

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